
仕事のやりがいや仕事を通して学んだことなど、琉薬で働く先輩社員たちに聞いてみました。
- 4年目 内嶺 由佳子
- 8年目 當山 碧梨
- 6年目 仲宗根 朝也

「患者さんと直接接する事はないけれど、陰ながら県民の医療を支える仕事です」
内嶺 由佳子
所属課
第二営業部一課
入社年
2021年
入社歴
4年
入社の経緯を教えてください。
私が琉薬に入社したのは、コロナ禍の2021年。面接も最終以外は全てリモート、ずっとマスクだったので同期の顔も分からず不安なスタートでした。
きっかけは兄の入院です。当時、必要な薬剤が沖縄にはなく、県外から取り寄せるために3日くらい治療を待たなければならず、なんでこんな事が起きるのだろうと感じたのが強く心に残っていました。その後、就活の際にたまたまMRの仕事がピックアップされてたドラマを観て、兄の入院時のことを思い出し、色々調べていくうちに琉薬の医薬品卸という仕事に繋がりました。
きっかけは兄の入院です。当時、必要な薬剤が沖縄にはなく、県外から取り寄せるために3日くらい治療を待たなければならず、なんでこんな事が起きるのだろうと感じたのが強く心に残っていました。その後、就活の際にたまたまMRの仕事がピックアップされてたドラマを観て、兄の入院時のことを思い出し、色々調べていくうちに琉薬の医薬品卸という仕事に繋がりました。

会社に入る前は何をしていましたか?
大学で法律を学んでいました。そのため最初は法律事務所などを探していましたが、就活アドバイザーと話していくうちに「人と人を繋ぎたい」「人の役に立ちたい」という軸を持っていることに気づきました。琉薬での仕事は営業職だし、一見法律とは違うフィールドの様ですが、薬は食品などと違いたくさんの規則と法律に守られています。自分の軸を守りつつ、法律を学んできたことが、今しっかり役にたっていると感じています。

現在の業務内容を教えてください。
主に医薬品の手配や新薬の採用に至るまでの営業で、日々様々なクリニックを回っています。エリアは南城市、八重瀬町、南風原町、そして離島。離島には4〜5ヶ月に一度渡ります。朝イチで飛んで最終便で帰るのでとてもハードですが、得意先から「担当変わらないで」と言われると必要とされていると感じてとても嬉しいです。

入社前と入社後の生活の変化は?
何もわからない学生脳だったので、まずは社会人としての立ち振舞にギャップを感じました。また、これまで患者として接していたお医者様や看護師さん、薬剤師さんと対等に話すことがいつまで経っても新鮮です。医薬品というと堅いイメージがあり、先輩や上司も厳格なのかと思いましたが思いの外フランクで明るい人が多いと感じました。

会社の良いところ、強みは何ですか?
「人間力」ですね。実は、入社前から先輩から「人が良くて」という言葉を聞きすぎて、正直「本当かよ」と思っていたんです(笑)。でも入社してみたら、本当に人が良くて驚きました。先輩はほぼ子持ち世代で、お子さんの関係で急な休みを取る際には、皆でカバーしあっています。私が趣味の関係で休みたい時にも、快く連休を取らせてもらえるのでありがたいです。


子育てと仕事が両立出来る職場なのですね。

「誰かの力になりたいなら、ぜひ琉薬へ」
當山 碧梨
所属課
第二営業部一課
入社年
2016年
入社歴
8年
入社の経緯を教えてください。
私は運転が好きだったので、最初は配送員として入社しました。4年間配送員として働いて毎日楽しく充実していましたが「仕入課に行かないか?」と声をかけていただきました。せっかく声をかけていただいたので頑張ってみることにしました。仕入課に異動して1年半経った頃、社内で営業の募集があり、滅多にないことなので思い切って応募し、MSになって3年目を迎えました。


配送から仕入れ、MSと着実にステップアップしていますね。好きな仕事から離れることに不安はありませんでしたか?
毎日あちこちへ行く配送の仕事が好きだったので、ずっと社内で椅子に座っての仕事に耐えられるのかという不安はありました。でも、仕入課の仕事で薬の名前や効能などを覚えていく中でもっと役に立ちたい!MSになりたい!という気持ちが高まり、丁度いいタイミングで募集があったので、これはチャンスだと思い飛び込んでいくことが出来ました。

会社に入る前は何をしていましたか?
コールセンターやクレジット会社、ピッキングなど1年位で色々な業種を転々としていました。ピッキング作業は結構な重労働だったので、一旦立ち止まって次はもっと安定した職に就きたいと思い、自分は何が好きなのかと立ち返り配送の仕事に決めました。運送会社と違って、極端に重い荷物を持つこともないので、女性でも出来る配送の仕事だと思いました。

現在の業務内容を教えてください。
那覇エリアを担当しており、主に医薬品を得意先に届け、情報提供や提案、啓蒙活動をおこなっています。時にはMRさんと協力して、得意先で勉強会をすることもあります。今は領域に縛られない薬剤がどんどん出てきているので覚えるのも大変ですが、困っている方がたくさんいらっしゃるので一人でも多くの症状改善につながればと日々頑張っています。

入社前と入社後の生活の変化は?
医薬品という命に関わる商品を運ぶ仕事なので、ガチガチに厳しいのだろうと思っていました。社会人としてやっていけるのかも不安でしたが、足りないところは優しく教えてくれたので、安心感がありました。

会社の良いところ、強みは何ですか?
「人」です。困った時にはどの部署の人に聞いても「あの人に聞いたら良いよ」など、何かしら解決策を出してくれます。先輩や同僚だけでなく、たまに後輩に教えてもらうことも。プライベートでも社員同士の交流が活発です。また、福利厚生が整っているのでプライベートが充実しています。私は週に1回テニスを習っているのですが、水曜はテニス、木曜日はノー残業デーと、週2回は定時で帰って好きな事が出来るので、心身を健康に保てます。

入社以降、一番心に残っているエピソードを教えてください。
一番は決めきれないので2つ良いですか?笑
1つは配送時代の得意先が今でも私のことを覚えていてくれたこと。「當山さん元気?MSになったんだ。頑張っているんだね」と声をかけてくれてすごく嬉しかったです。
もう1つは新薬がたくさん参入してきている中で、患者さんの症状などを得意先で聞き取りしながらメーカーに共有し、MRさんと一緒に検討して提案した新たな選択肢が、患者さんの症状改善に繋がったことです。直接の取引先はクリニックや薬局ですが、その先にいる患者さんにも寄り添っていけることに喜びを感じます。
1つは配送時代の得意先が今でも私のことを覚えていてくれたこと。「當山さん元気?MSになったんだ。頑張っているんだね」と声をかけてくれてすごく嬉しかったです。
もう1つは新薬がたくさん参入してきている中で、患者さんの症状などを得意先で聞き取りしながらメーカーに共有し、MRさんと一緒に検討して提案した新たな選択肢が、患者さんの症状改善に繋がったことです。直接の取引先はクリニックや薬局ですが、その先にいる患者さんにも寄り添っていけることに喜びを感じます。


「忍耐力があってやる気があれば大丈夫。僕が出来るので誰でも出来ます!」
仲宗根 朝也
所属課
第二営業部二課
入社年
2019年
入社歴
6年
入社の経緯を教えてください。
生まれ育った沖縄が大好きで、沖縄県に貢献できる仕事を探していたところ、琉薬という企業を見つけました。説明会に行ったら雰囲気も良かったので、受けてみようと思いました。最初から薬に興味があった訳ではなく、IT関連や銀行、空港関係など色々なジャンルの説明会に参加しながら、自分のやりたいことを見つけていった感じです。

会社に入る前は何をしていましたか?
大学では経営について学んでいました。それとずっと卓球をやってきてました。高校、大学も全て卓球中心で選んで来たので、自分の人生卓球だけだなと思い、1年だけカナダのトロントへ語学留学に行って、海外で一人で暮らせるくらいの英語力は身につけてきました。

現在の業務内容を教えてください。
主に薬の配達、受注業務、医師や薬剤師へ薬の提案、フォロー、物量の配分などを担当しています。


医療のプロであるお医者様に新しい薬を提案するのですね。薬の知識はどのように身につけていったのですか?
最初はほぼ知識ゼロだったので、まずは配達メインで検品などをしながら薬の名前を覚えていきました。提案はまず僕らが最初にアプローチをして、先生が興味を持ってくれたら製薬会社のMRさんと一緒に改めて伺うという形です。MRさんの話を横で話を聞くことで少しずつ身につけていきました。

入社前と入社後の生活の変化は?
道を覚える際には、病院や薬局を目印に覚えるようになりました。また、入社前はお金の心配なんてする事がなかったのですが、今は一人暮らしをしていますし、自分の収入で全てまかなって生きていかなければいけません。そのため政治や健康などにも関心を持つようになりました。

会社の良いところ、強みは何ですか?
やはり県内の医薬品卸を行う企業の中でシェアが1位であることですね。アルフレッサグループに加入したことで、取引できるメーカーが増えてメーカー取引数1位になりました。また、上司との距離が近く、何でも話し合える環境があることは強みです。しかし近すぎることはなく、適度な距離感があるためスムーズに業務を進めることができます。

入社以降、一番心に残っているエピソードを教えてください。
営業を始めたばかりで右も左も分からなかった頃、得意先で1時間ほど怒られたことがありました。その時、めちゃくちゃ落ち込んで上司の部長に報告をしたのですが、怒られるかと思ったら思い切り笑って「一緒に(取引先に)行こうか?」と、温かく対応してくれたのです。その後、一緒に怒られた原因を深堀りして、きちんと対応することが出来ました。部長がいなければ、今の僕はなかった。本人にとってはいつもの事なので覚えていないかもしれませんが、僕にとっては心が救われた経験でした。
